十月、一枚の絵

二十代の中ほどに、たまたま図書館で図録集を繰っていて、一枚の絵から目が離せなくなった。月岡芳年藤原保昌月下弄笛図』。


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平安中期、十月のある朧月夜、一人の笛を能くする公家が曠野をゆく。袴垂という手垂れの賊がそれを襲おうと構えるが、何か言い知れぬ威を感じ手が出せない、その瞬間を切り取った、近代の自意識が感ぜられる明治期の浮世絵。


保昌の、緋色の狩衣と、浅黄色の袴の、何という清々しさだろう。靄。薄。朧月。この緊張感、色、バランス。史跡に「古戦場」というものがある。無数の、有象無象どもが、確かにそこで斬り結んだのだ。颯爽としたいくさ振りだけではなかっただろう。なんとか生き残り、女房子供のもとへ帰ろうとする雑兵の喘ぎもしかし、確かに同じ空間にあったのだ。


著名な歴史学者に言わせると、応仁の乱よりあちら側は、外国の歴史のようなものだということだ。中世。野分。ススキを揺する風。何かを焼く匂い。墨の匂い。墨のような夜。